今後5年間で2万8千種以上を評価し、生物多様性に関する知見を拡充
IUCN(International Union for Conservation of Nature、国際自然保護連合)と、トヨタ自動車株式会社(本社:愛知県豊田市、社長:豊田章男、以下、トヨタ)は5月10日、今後5年間のパートナーシップを通じて、「IUCN絶滅のおそれのある生物種のレッドリスト」*(以下、IUCNレッドリスト)の強化に取り組むことを発表した。
今後IUCNはトヨタの支援により、2万8千種以上の生物種を対象に絶滅危険性のアセスメントを実施するが、この中には、世界人口のかなりの部分が依存している主要な食糧源が含まれており、生物多様性の損失を食い止めるためのデータや、食糧安全保障に関する知見を大幅に拡充していく構えだ。
一方のトヨタは、「トヨタ環境チャレンジ2050」の実現に向けた重要プロジェクトとして、IUCNとのパートナーシップを介して、同じく生物多様性の危機に関する知見を拡充していく。
「クルマの持つマイナス要因を限りなくゼロに」、トヨタの環境チャレンジ2050
トヨタは、サステイナビリティにとって生物多様性が重要であることを認識しており、世界各地で自然保全活動に取り組んできた。
2015年10月にトヨタが発表した「トヨタ環境チャレンジ2050」は、地球環境の問題に対し、クルマの持つマイナス要因を限りなくゼロに近づけるとともに社会にプラスをもたらすことを目指しており、チャレンジ項目の一つに、「人と自然が共生する未来づくりへのチャレンジ」を掲げている。
トヨタは、長年継続してきた環境活動助成をグローバルに強化し、今後も、世界で自然保全活動を実施している団体と協働でプロジェクトを立ち上げていく予定であるとしている。
これを踏まえトヨタは、このパートナーシップを5年間支援していく予定で、2016年は約120万ドルの助成を実施するとしている。
IUCNは、絶滅のおそれのある生物種を、現在の8万種から2倍の16万種に拡大する
対してIUCNは、アセスメント(評価)を実施済みの絶滅のおそれのある生物種を、現在の8万種から2020年までに2倍の16万種に増やし、地球上の生物多様性の保全状況をより包括的に把握するという目標に向けて活動しており、先の通り、今回のトヨタの支援により、今後アセスメントが必要な8万種の生物種うち、35%に相当する2万8千種以上のアセスメントが可能になるとしている。
現在、地球では生物種の絶滅が歴史上もっとも速いスピードで進んでおり、人類の生存に不可欠な生物種の現状を理解する必要性は、かつてないほど高まっている。
IUCNレッドリストの強化は、今後の地球規模での生物多様性保全の指針となるものであり、世界の何億もの人々の生活にプラスの影響をもたらす取り組みである。
トヨタにとって、IUCNレッドリストへの支援は、クルマの負荷を限りなくゼロに近づけるとともに社会にプラスをもたらすことを目指す「トヨタ環境チャレンジ2050」の実現に向けた重要なプロジェクトと位置付けている。
気候変動と生物多様性は密接に関わっており、コインの表裏の関係のように決して切り離せないもの
今回のパートナーシップについて、インガー・アンダーセンIUCN事務局長は、「『トヨタ環境チャレンジ2050』は、気候変動問題だけでなく、生物多様性についても取り組んでいます。気候変動と生物多様性は密接に関わっており、コインの表裏の関係のように決して切り離せないものなのです。
トヨタからの大きな支援により、レッドリストに携わる研究者達は、2020年までに16万種のアセスメントを実施するという目標の達成に向けて大きく飛躍することができます。
また、2015年に国連加盟国によって採択された持続可能な開発目標(SDGs : Sustainable Development Goals)のうち、『目標2 : 飢餓をゼロに』の実現を支援するIUCNの取り組みにも、大きく貢献するものだと思います」と述べた。
一方、トヨタのディディエ・ルロワ副社長は、「地球環境問題の取り組みにおいて大切なことは、人々の生活に良い変化をもたらすように早期かつ大胆に具体的な行動を起こすことです。
トヨタは、1997年にプリウスを発売し、最近では燃料電池自動車MIRAIを発売するなど環境対応を進めてきました。
しかし、環境を守るということは、二酸化炭素や排出ガスの問題に対応することだけではありません。
生物多様性の保全も、人々の生活にとって重要な取り組みです。IUCNとのパートナーシップにより『人と自然が共生する未来づくりへのチャレンジ』の実現に向けて新たな一歩を踏み出せたことを誇りに思います」と語った。
IUCNレッドリストは、約8万種の生命のバロメーター
IUCNレッドリストは、過去・現在の、あるいは今後予測される兆候をふまえ、生物種絶滅のリスクを評価している。現在までに約8万種のアセスメントを実施し、2万3千種以上が絶滅の危機に直面していることが明らかになっている。
IUCN生物多様性保全グループのグローバルダイレクターであるジェーン・スマート博士は、「アセスメント済みの生物種を、現在の8万種から2倍に増やし16万種のアセスメントを達成することで、IUCNレッドリストは、世界の生物多様性の状態をより包括的に示す『生命のバロメーター』として、より完全なものになります。
トヨタの助成は、政策の決定に資するというIUCNレッドリストの極めて重要な価値をさらに高めるものです。
具体的には、生物多様性の損失を食い止めるために推移を分析し、科学的研究に必要なデータを提供し、生物種に関する認知度の向上に寄与するということです」とコメントした。
今後5年間の新たなアセスメント-食糧源としても重要な生物種を対象に
IUCNは、今後5年間にわたりトヨタと協働することで、今後アセスメントが必要な約8万種のうち、35%に相当する2万8千種以上のアセスメントを実施する予定である。
IUCNの専門家は、トヨタの助成による新たなアセスメントの主な対象に、植物・魚類を選定した。
これらは、数十億の人々の食糧源としても重要な生物種である。
アセスメントの対象には、米や麦などの穀物と関係が近い野生種も含まれている。
これらの種は、世界中で生産されている主要穀物の生産性や病害虫への抵抗力を高めるために必要な遺伝子をもつ生物種であり、食糧安全保障の観点からも重要なものであると云う。
また、海水魚(例えばイワシ・ニシン類、ヒラメ、カレイ等)も対象に含まれている。これらは、世界中の人々の食糧源であるだけでなく、約2億人に漁業・水産加工業といった仕事を与えており、産業の観点からも重要な生物種である。
その他にも、経済的な観点から重要な植物、きのこ類、淡水魚、爬虫類、無脊椎動物(例えば、淡水系の生態系を把握する上で重要となるトンボ)のアセスメントも実施していく。
また、年間350万人以上が使用しているIUCNレッドリストのデータベースを提供するウェブサイトを強化するなど生物多様性に関する認知向上活動も実施する予定だ。
以下はIUCN・トヨタ記者発表会内容となる(英語のみ)
【2016年5月10日 ジュネーブ/IUCN・トヨタ共同記者発表会】
IUCN生物多様性グループ グローバルダイレクター ジェーン・スマート スピーチ
皆様こんにちは。IUCN生物多様性グループグローバルダイレクターのジェーン・スマートです。
本日は、生物多様性の保全活動につながる重要な知見の提供を目的とした、IUCNとトヨタの長きにわたる関係の始まりを祝えることを大変うれしく思います。
まずIUCNレッドリスト2020の目標についてお話したいと思います。
インガー・アンダーセンIUCN事務局長がお話しされたように、地球はかつてない速さで生物種が絶滅するという危機に直面しています。
私たちの生活を支える多様性に富んだ生物種を保護するためには、そうした生物種の現状を理解することが欠かせません。
IUCNはこれまでに、絶滅のおそれのある生物種のレッドリストのうち、7万9千837を超える生物種についてアセスメントを行いました。
レッドリストは、野生生物種の世界的な保全状況に関する最も包括的な情報源です。レッドリストによると、2万3千以上の生物種が絶滅の危機にひんしています。
非常に憂慮すべき事態ですが、これは氷山の一角にすぎません。
地球上には180万以上の生物種が存在するとされています。
IUCNがすべての生物種のアセスメントを行うことはできません。
しかしより多くの生物種、特に食糧安全保障に不可欠な生物種に関する知見を得ることが急がれており、IUCNは、2020年までにアセスメントを行う生物種の数を、現在の2倍強の16万種に増やすことを目指しています。
私たちの目標は、IUCNのレッドリストを「生命のバロメーター(バロメーター・オブ・ライフ)」としてより完全なものに近づけることにより、情報と分析に基づく活動を推進することです。
IUCNレッドリストは、自然保全に関する政策や活動の起点となるものなのです。
さてここで食糧について少し考えてみましょう。事実をいくつか挙げます。
私たちが摂取するカロリーの80%は、わずか12種類の主要農作物に由来しています。そのうち50%は、小麦、トウモロコシ、米といった3つのイネ科植物から摂取しています。
今や世界各地で気候変動が食物の栽培に影響を及ぼしています。温暖化やこれまでとは異なる気候に適応できる新たな作物を見いだすためには、作物の野生近縁種を保全することが重要です。
なぜならば、野生近縁種は新しい種類の作物の開発に利用可能な遺伝子を含んだ遺伝資源であるためです。
IUCNはこうした作物の野生近縁種の保全状態についてさらなる情報を必要としています。保全活動の起点であるIUCNレッドリストの活動を通じて、現状を把握する必要があります。
こうした作物が絶滅すると、食糧安全保障や私たちの生活に甚大な影響がもたらされます。しかし、こうした作物の野生近縁種の現状は知られておらず、野生近縁種の保全だけでなく存続のために何をすべきかについては、わかっていないのです。
「トヨタ」という社名は「豊かな田」を意味します。このたびのトヨタの支援を受け、野生の米や小麦をはじめとする作物の野生近縁種などの植物の研究に力を入れることにしました。
また、イワシ、ニシン類、ヒラメといった海水魚の研究にも力を入れます。
海水魚は世界数十億人の食糧源であり、世界で2億人ともいわれる人々が漁業や加工業に従事しているためです。
さらに、支援対象となる5年間で、経済的な観点からも重要な植物、キノコ、海水魚、爬虫類、トンボなどの無脊椎動物についてもアセスメントを行う予定です。
また、年間350万人以上が訪れるウェブサイトのプラットフォームを刷新することで、IUCNレッドリストの重要なデータへのアクセスを改善します。
こうしたなか、トヨタ自動車が「トヨタ環境チャレンジ2050-ゼロの世界にとどまらない“プラスの世界”を目指して」で発表したビジョンは大変野心的です。
IUCNはこのビジョンだけでなく、それを実現するための具体的な計画に期待しています。
私自身、30年以上にわたり環境問題の研究者としてこの分野に携わっていますので、そうそう感銘を受けることはないのですが、これは実に素晴らしい内容だと思います。
トヨタのビジョンの多くはCO2削減に重点を置いており、これは気候変動に関連する課題として、地球の未来にとって極めて重要です。しかし、何時法で生物多様性の保全も同様に大事なことです。
気候変動と生物多様性は表裏一体の関係にあります。多くの企業がこの関係を理解していませんが、トヨタは違いました。なぜ表裏一体なのでしょうか。
森林や泥炭の取れるピート地帯といった生息域を破壊すれば、大気中にCO2が放出されます。生息域をそのまま保全し適切に管理すれば、CO2は吸収されます。
このように、生物多様性の保全は、CO2削減目標や気候変動の緩和と密接に関連しています。
トヨタ環境チャレンジ2050のアクションプランは総じて素晴らしい内容です。
クルマ自体のCO2排出量だけでなく、クルマの製造や最終的な廃棄に至るまでのCO2排出量の削減を目指しています。また、サプライチェーン全体を通じてカーボンフットプリントを大幅に削減することも目指しています。
そのチャレンジの内容には、「新車、製品ライフサイクル」、「工場におけるCO2排出量ゼロ」、「水使用量の最小化および最適化の測定基準の制定」、「循環型社会の構築」などが含まれています。
これらに加えて、6つ目の環境チャレンジの主な取り組みとして、生息域の破壊を防ぐため、また生物の多様性の保全、管理、回復のために、トヨタがリーダーシップの役割を担いつつあります。
トヨタの寛大な支援により、IUCNレッドリストの約2万8千の生物種のアセスメントを開始しますが、これがトヨタ環境チャレンジ6の最初のプロジェクトとなります。
IUCNは、生物多様性の保全に向けたこのパートナーシップを大変うれしく、光栄に思っています。
IUCNとしては、トヨタがビジョンとリーダーシップを通じて、自動車業界にとどまらず他業界の企業の取り組みも後押しすることを期待しています。
他の企業が同様のビジョンに向けて邁進すれば、いずれは自然との共生も不可能ではありません。2050年には今日とは違う世界が実現することでしょう。
トヨタ自動車副社長 ディディエ・ルロワ スピーチ
皆様、こんにちは。トヨタ自動車副社長のディディエ・ルロワです。
記者およびジャーナリストの皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。
ジャーナリストの皆様も含めて、海外の多くの方々が、トヨタの本社は東京にあると思われているようですが、実はそうではありません。
トヨタ本社は愛知県名古屋市の近郊にあります。愛知県はもともと田舎の農村地域で、トヨタの企業価値は、この地方都市の歴史に根差しています。
愛知県は、2010年に国連生物多様性条約締約国会議が開催され、2020年戦略計画が採択された場所でもあります。この戦略計画では、「各政府と各社会において生物多様性を主流化することにより、生物多様性の損失の根本原因に対処する」ことが目標として掲げられています。
このことは、今回の支援を決定した理由として適切なようにもみえますが、この一致は偶然です。
世界的な生物多様性に不可欠な生物種を特定するIUCNの取り組みに対して、トヨタが支援を決めた理由は他にあります。
トヨタは、創立以来、企業として持続可能な社会の発展に貢献すべきという考えのもと、環境問題を最重要課題として取り組んでまいりました。
その結果、1990年代に、21世紀のモビリティのあり方を考えるに至りました。
環境に本当に良い影響をもたらすには、環境にやさしいクルマを製造し、それを普及させることが大切だと考えています。
こうした取り組みにより、皆様ご存じのプリウスが誕生しました。
今日までに、850万台のハイブリッド車を販売し、6,000万トン以上のCO2削減に貢献しています。
また、プリウス誕生から約20年後、CO2排出量ゼロの未来を目指して、世界初となるセダンタイプの量産型燃料電池自動車「MIRAI」を発売しました。
トヨタは、エネルギー源を多様化させ、化石燃料への依存を減らす必要があると考えておりますが、それを実現する上で、水素は大きな役割を果たします。
もちろん、現時点では、水素供給インフラが整備された場所は限られており、取り組みは始まったばかりですが、トヨタは今、より良い未来に向けてリードする役割を担っていると考えています。
地球環境を守るということにおいて、世界で取り組むべき目標を達成するには時間がかかり、そうした目標はさまざまな面で密接に関わり合っていることも認識しています。
トヨタは、昨年10月、「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表しました。
当然ながら、自動車メーカーとして、地球温暖化や大気汚染に重点を置き、環境チャレンジの最初の3つに、環境負荷の最小化を掲げています。
しかし、これでは不十分です。トヨタとしては、プラスの影響をもたらしたい。つまり、クリーンなモビリティを超える価値を社会に提供したいと考えています。
そこで、トヨタ環境チャレンジ2050では、さらに3つ、世界にとって重要な資源に重点を置いたチャレンジを掲げました。トヨタは、6つ目のチャレンジとして、人と自然が共生する未来づくりを目指します。
これこそが本日発表する、IUCNとのパートナーシップの理由です。
トヨタは、人と自然が共生する未来づくりへのチャレンジとして、IUCNが取り組んでいる、生物多様性および世界の食糧供給の観点から重要な、生物種のリストの作成を支援することを決めました。
アンダーセン事務局長とスマート博士がお話しされたとおり、地球環境は依然として危機的状況にあります。今行動を開始しなければ、手遅れになってしまいます。
正直に申し上げまして、イワシ、ヒラメ、野生米といった生物種は、クルマよりも重要と言えるでしょう。
愛知目標2020年の達成に向けて、生物多様性に対する数々の取り組みが進められていますが、現時点の進捗は厳しい状況にあり、目標を達成できない可能性もあります。
このことは、トヨタとIUCNが手を結ぶに至った2つ目の理由です。
IUCNのレッドリストの内容を見たとき、まさにトヨタに対して訴えかけるものがありました。トヨタはファクトベースの、データを重視する企業です。
私がトヨタに入社したのは1998年ですが、トヨタが特に製造業において、他のメーカーとどう違うのか、なぜ成功しているのかを知りたかったことが入社の動機でした。
トヨタは高品質のクルマをつくるために、問題を見つけ、あるべき姿と現状のギャップを数値化し、それを埋める解決策を見いだすということを、システマティックにおこなうことに力を注いでいます。トヨタではよく、「問題がないのが問題だ!」と言っています。
また、製造現場で何が起きているのかを正しく理解するためには、現場で事実を確認することを重視しています。日本語で「現地現物」という考え方です。
ギャップのアセスメントは、まさに、これまでIUCNがレッドリストでおこなってきたことです。
「生命のバロメータ(バロメーター・オブ・ライフ)」を理解することなく、NGO・政府・社会が生物多様性の保全と回復に取り組むのは不可能でしょう。
微力ながらトヨタが、そうした取り組みのお役に立つことができれば、幸いです。
2016年、トヨタはIUCNのプロジェクトに対し資金援助を行う予定です。
また、今後5年間にわたり同レベルの支援を引き続き行います。
今回の支援により、IUCNは、今後、新たに2万8千の生物種について、アセスメントを実施することができます。
このことは、2020年までに16万の生物種のアセスメントを行うというIUCNの目標の達成に向けて大きな前進となります。
さらに、トヨタは他の国際機関やNGOと提携し、世界で自然保全プロジェクトの立ち上げを検討していく予定です。
生物多様性に対するIUCNの取り組みにトヨタが協力することで、再び豊かな田園風景が世界に広がる日が来ることを心から願っています。
ありがとうございました。
IUCNレッドリストの概要(英語のみ)
以上