内部の静電反発力のオンオフだけで速く、大きく、一方向性の運動を繰り返すヒドロゲル
理化学研究所(所在地:埼玉県和光市、理事長:松本紘、以下、理研)は、互いに静電反発する無機ナノシートを平行に配向させ、これらをヒドロゲル(三次元のナノ網目構造を水で膨潤させたゼリー状物質)の中に閉じ込めることにより、筋肉のように速く、大きく、方向性のある動きを繰り返すヒドロゲルの開発に成功した。
開発したのは、創発物性科学研究センター創発ソフトマター研究グループの相田卓三グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、創発生体関連ソフトマター研究チームの石田康博チームリーダーと、物質・材料研究機構(NIMS)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の佐々木高義フェローらの共同研究グループ。
ヒドロゲルは、温度などの外部刺激に応答し、可逆的に収縮・膨潤することが知られている。
このようなヒドロゲルは、生体に似た、軟らかく、軽く、ウェットなアクチュエータとして注目されており、人工筋肉などとしての応用が期待されている。
しかし単純な収縮・膨潤に基づく従来のヒドロゲルアクチュエータは、外界との水の受授を伴う体積変化を動力源としているため動作速度が遅く、動きに方向性がない。また、水中での利用に限られ、運動を繰り返すうちに容易に劣化するといった問題も抱えていた。
理研とNIMSの共同研究グループは、互いに静電反発する無機ナノシートを平行に配向させ、これらを刺激応答性のポリマーでできたヒドロゲルの中に埋め込むことにより、従来とは全く異なる原理に基づくヒドロゲルアクチュエータを開発した。
このヒドロゲルアクチュエータは、収縮・膨潤による体積変化ではなく、ナノシート間の静電反発力の増減を動力源としている。
外界との水の受授を一切伴わないため、その動作は極めて速く、環境を選ばず、何度でも繰り返すことができる。
さらに、ナノシートの配列方向を工夫することにより、決まった方向に歩行し続ける生物のような運動を作り出すことも可能だ。
ちなみに本研究は、総合科学技術・イノベーション会議の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)により、科学技術振興機構を通して委託されたもの。成果は、英国の科学雑誌『Nature Materials』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(8月10日付け:日本時間8月11日)に掲載された。
※共同研究グループ
理化学研究所
創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門
創発ソフトマター研究グループ
グループディレクター 相田 卓三 (あいだ たくぞう)(東京大学大学院工学系研究科教授)
創発生体関連ソフトマター研究チーム
チームリーダー 石田 康博 (いしだ やすひろ)
研修生 金 娟秀 (キム・ヨンス)(研究当時)
放射光科学総合研究センター
利用技術開拓研究部門 可視化物質科学研究グループ
グループディレクター 高田 昌樹 (たかた まさき)
利用システム開発研究部門 ビームライン基盤研究部
生命系放射光利用システム開発ユニット
研究員 引間 孝明 (ひきま たかあき)
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
フェロー 佐々木 高義 (ささき たかよし)
MANA研究者 海老名 保男 (えびな やすお)
准主任研究者 長田 実 (おさだ みのる)
【以下、研究手法と成果の詳細】
共同研究グループはこれまでに、磁場で配向した無機ナノシートを埋め込んだヒドロゲルを開発した。
このヒドロゲルの中では、隣り合うナノシート間に異方的かつ巨大な静電反発力が働いている。ここでもし、刺激応答性のポリマーを使ってヒドロゲルの網目を構築すれば、ポリマーの脱水和・水和を通じて内部環境をスイッチし、静電反発力を増減することができるはず。
すなわち、ポリマーが水和された状態では水分子の運動が抑えられるためにヒドロゲル内部の誘電率は低くなり、ポリマーが脱水和した状態では水分子の運動が増すためにヒドロゲル内部の誘電率も高くなる。
誘電率がスイッチすれば当然、ナノシート間の静電反発力も増減するため、ヒドロゲル全体がナノシートの垂直方向に伸縮すると考えた。(図1右)
今回のヒドロゲルの構成要素として、典型的な温度応答性ポリマーであるN-イソプロピルアクリルアミドを選んだ。
このポリマーは32℃より高温で脱水和し、低温で水和します。このポリマーでできた網目の中に、磁場により配向した無機ナノシートを埋め込み、ヒドロゲルアクチュエータを合成。合成したヒドロゲルアクチュエータを50℃に加熱すると、ポリマーが脱水和し、ナノシート間の静電反発力が増大する。
その結果、ヒドロゲルは1秒以内に1.7倍伸張しました(図2左)。次にこのヒドロゲルを15℃に冷却すると、ポリマーは水和し、ナノシート間の静電反発力が減少。そのため、ヒドロゲルは1秒以内に元の長さに収縮した(図2右)。
この加熱・冷却による伸縮は、劣化を伴うことなく何度でも繰り返すことができる。また、今回達成した伸縮速度(70%/秒)は、これまで報告されているヒドロゲルアクチュエータの中で、最も高速なものとなった。
このヒドロゲルは、加熱時には縦に伸びることに同調して横に縮み、冷却時にはこれと逆の変化を起こす(図3)。
すなわち、このヒドロゲルは全体の体積を一定に保ちながら、外界と水を受授することなく変形する。そのため開発したヒドロゲルアクチュエータは、水中だけでなく、空気中はもちろん、植物油やイオン液体の中など、さまざまな環境下での動作が可能。
また、SPring-8の放射光(ビームライン45XU)を用いた解析の結果、ナノシートの面間距離とヒドロゲルの長さとは常に比例関係にあり、ナノ構造とマクロ構造の変化は完全に対応していることも分かった。この事実は、想定されるメカニズム(図1右)の妥当性を強く裏付けている。
また、ナノ構造とマクロ構造の変化は完全に対応していることは、筋原繊維を構成する主なタンパク質、アクチン・ミオシンの運動に対応して伸縮する筋肉の運動を想起させるものとなった。
このことから、さらに興味深い応用として、開発したヒドロゲルアクチュエータを利用することで「決まった方向に歩行し続けるアクチュエータ」を作ることができる。
ナノシートを斜めに埋め込んだヒドロゲルをL字型に切り取り、これを加熱・冷却すると、伸張時に重心が偏る。このため2つの接地点の摩擦力に差が生じ、L字型のヒドロゲルアクチュエータは決まった方向に向かって歩行する(図4)。
通常のアクチュエータで一方向性の運動を実現するためには、のこぎり型に加工した基板や勾配のある外場など、特別に設計された外部環境が必須だが、今回のヒドロゲルアクチュエータの歩行運動は、アクチュエータの内部構造を利用して、方向性のない熱エネルギーから一方向性の運動を作り出した初めての例となった。
今後の期待
共同研究グループが開発したヒドロゲルアクチュエータは、その動きの質と量において従来のヒドロゲルアクチュエータを凌駕しており、さまざまな応用が期待されるとともに、人工筋肉の実現という夢へ近づく大きな一歩となった。
また、その動作原理は、ヒドロゲルに限らず、一般の高分子アクチュエータの中でも前例がなく、今後の関連研究に大きな影響を与えると想定される。
さらに、温度応答性ポリマーの脱水和・水和を、誘電率のスイッチングに利用するというユニークな発想は、アクチュエータ以外のスマート材料にも適応できる可能性を秘めている。
原論文情報
Youn Soo Kim, Mingjie Liu, Yasuhiro Ishida, Yasuo Ebina, Minoru Osada, Takayoshi Sasaki, Takaaki Hikima, Masaki Takata, and Takuzo Aida, “Thermoresponsive actuation enabled by permittivity switching in an electrostatically anisotropic hydrogel”, Nature Materials, doi: 10.1038/nmat4363
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発ソフトマター機能研究グループ
グループディレクター 相田 卓三 (あいだ たくぞう)
(東京大学大学院工学系研究科教授)
創発物性科学研究センター 超分子機能化学部門 創発生体関連ソフトマター研究チーム
チームリーダー 石田 康博 (いしだ やすひろ)
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点
フェロー 佐々木 高義 (ささき たかよし)
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