HV開発で培ったモーター・PCU・システム制御等車両電動化技術の特許実施権を無償で提供へ
トヨタ自動車株式会社(本社:愛知県豊田市、代表取締役社長:豊田 章男)は4月3日の午後、電動車の普及に向けた取り組みの一環としてモーター・PCU(パワー・コントロール・ユニット)・システム制御など、HV車両に係る電動化関連技術を他社へ無償提供すると発表し、自社の本拠である名古屋市内に於いて記者会見を開いた。(坂上 賢治)
より具体的には、トヨタが保有している特許実施権(審査継続中を含む)を無償で提供すると共に、他社が電動車を開発・製造する際に、自社が保有するパワートレーンシステムに係る技術サポートも併せて実施していくことを決めた。
トヨタの車両電動化の技術は、同社が20年以上に亘るハイブリッド車(HV)の開発を通じて、高性能化・コンパクト化・低コスト化を進めてきた先進の技術であり、HV技術の分類では、いわゆる「ストロング・ハイプリッド」と呼ばれるもの。
これは「エンジン」と「モーター」の相互を共に並び立つ存在として巧みに活かし、エンジンの欠点とモーターの欠点を可能な限り補完したものだ。
当初、同社のハイブリッドシステムは複雑怪奇と云って良い程の難解な構造であったが、今は洗練さが一気に進み、開発コストも生産コストもそのうち、一般的なガソリンエンジン造りに匹敵するレベルにまで達するかも知れない。
対して現時点で、多くの競合他社メーカーの多くのHVシステムは、モーターをエンジンの補助として使ういわゆる「マイルド・ハイブリッド」の普及を目指しており、マイルド型の方が低コストで開発できること。
また独ボッシュなど欧州地域では、部品サプライヤーが同技術を廉価で提供していることも手伝い、同方式の採用は、そもそも短期的に車販の利潤を追求しなければならない自動車メーカーの場合、利点が大きい。
さらに昨今は、欧州を中心にサポート役のモーターの出力を48ボルトまで高めて、モーター駆動の存在感を増したタイプも登場している。
こうしたトヨタとは異なる戦略を採択している企業は、あくまでもHVシステムを繋ぎとして利活用し、追々一気に純粋電気自動車のBEVタイプ(二次電池パックに蓄えた化学的エネルギーを直に搭載した電気自動車)への移行を進めていく構えだ。
但し、この場合の不安材料は、現時点に於けるバッテリー関連技術の稚拙さにある。48Vシステムから完全電動車への移行が、今後10年超の期間中で確実に一筆書きのように連続的に繋げられるかどうかは、現段階では全くの未知数だ。
一方トヨタの方は、自らが蓄積し続けて来た技術の積み重ねを糧に、HV・プラグインハイブリッド車(PHV)・電気自動車(EV)・燃料電池自動車(FCV)等の様々なタイプの電動車開発に応用できるコア技術になるよう丁寧に仕立て上げてきた訳だが、その反面、保有技術として良くも悪くも言わば「孤高の存在」となっている。
それゆえ、これに対抗・追従する競合自動車メーカーが殆ど現れず、特にHV技術でストロングハイブリッドに係る車両技術は、完全に同社だけのものとなった。
対して昨今の競合他社は、先の通りだが個々各国政府の後押しを得て、単独搭載のモーターを直接搭載するBEVの開発を急いでいる。今回のトヨタの技術公開は、こうした流れに伴う同社独特の危機感も現れとも映る。
事実トヨタのストロングハイブリッド由来の独自技術は、現段階ではトヨタグループ内の「閉じた技術」となっており、このまま行くと傘下の部品メーカーの開発・供給コストが一向に下がり難くなり、場合によっては将来的に慢性的な高コスト体質に繫がる可能性もある。従って未来のトヨタ自身の事業競争力低下に繫がるかもしれないのだ。
実はこれまで、トヨタ側の知的財産(特許)の取扱いについては、燃料電池車の技術提供時を例に、オープンポリシーを基本として第三者からの特許実施の申し込みに対し、適切なコストを請求することで特許実施権を提供してきた。
しかし今回は、その実施料そのものをオープン化する。そもそもトヨタでは「車両電動化技術について様々なタイプのEV開発に応用できる技術であることを鑑み、自らの技術が世界の電動車普及への貢献を果たす」としている。
ただ今日の段階で既に自動車マーケットで1、2位を争うVWを筆頭に、日本企業も含むルノー・日産連合などではBEV化が加速している。ゆえに少なくとも大手企業を中心とした自動車グループに関して、トヨタの技術を安易に採択するという可能性は極めて薄い。
いずれにしてもトヨタが、単独保有する知的財産は世界規模の「特許」として約23,740件あり、これらの実施権を無償で提供していくとしている訳だが、そのなかでも以下は同社が考える真の戦略の肝であろう。
それはトータルとして電動車開発に必要なモーター・バッテリー・PCU・制御ECU(以下、車両電動化システム)など、デンソー保有も含む核技術については、先の無償化とは異なる形の技術サポートを実行していく。つまり「蓄電池」と「半導体」に関する技術提供は決して無償ではないということだ。
約23,740件が対象。車両電動化システム活用の技術サポートも実施し、電動車普及に貢献していく構え
今回トヨタが、車両電動化技術を通じた協調という新たな戦略を決断した理由について、同社の取締役・副社長の寺師茂樹氏は「ハイブリッド車など電動車普及の必要性を感じておられる多くの企業から、トヨタの車両電動化システムについて、お問い合わせを頂くようになりました。
そうしたことから、今こそ車両電動化について協調して取り組む時だと思いました。特にこれからの10年で一気に普及が加速すれば、電動車が普通の車になっていくでしょう。そのお手伝いをさせていただきたいと考えました」と話している。
ちなみに先にも一部記載したが、今回発表した特許実施権の無償提供の対象は、トヨタが20年以上にわたるHV開発で培ってきたモーター・PCU・システム制御等の車両電動化技術周辺の特許で約23,740件。
その内訳は、2019年3月末時点で、2015年1月より無償提供実施中の燃料電池関連を含むモーター約2,590件、PCU約2,020件、システム制御約7,550件、エンジン・トランスアクスル約1,320件、充電機器約2,200件、燃料電池関連約8,060件となり、提供期限は2030年末までとしている。
契約は、トヨタと具体的な実施条件等について協議の上で契約を締結する。
また先に記した特別な技術サポートの実施については、電動車の製造・販売を目的とした完成車メーカーが、トヨタが保有する車両電動化システムを購入する場合に、要望に応じて追加の技術提供を行う。
その技術サポートの内容は、製品化する車両特性に応じた燃費・出力性能、静粛性といった商品力を高いレベルで実現するための車両チューニングに関するアドバイスだとしている。
この領域は、例え基礎技術を無償で提供したとしても実現できない摺り合わせ技術の結晶であり、今回の特許無償化に隠された本来の目的は、こうした技術サポートを通して「トヨタの技術を共有してくれる仲間を出来る限り増やすこと」にある。これこそが同社が求める特許無償化戦略の真の理由である。
HVは孤高技術ゆえに競合他社は追従せず。技術のガラパゴス化が浮き彫りになりつつあるため、戦略変更へ
ここでまとめてみると、今回このような施策決定に至った理由は先の通り、トヨタが永年、HV開発でモーター・バッテリー・PCU等の車両電動化のコア技術を軸に、電動車普及へ積極的に取り組んできたものの、それが一貫してトヨタ単独の取り組みに終始しているところにある。
これこそが今のトヨタが抱えるジレンマだ。結果、国際的に極めて秀でたストロングハイブリッド技術であるのものの「孤高」の存在となってしまった。言い方を変えると「孤立」しつつあるということだ。
これは分野や投入技術の先進性という意味で、厳密には今例とは意味合いが幾分異なるものの、誤解を恐れずに云うと携帯電話業界に於ける、いわゆる「ガラパゴス化携帯」を連想させる。
今後もこの状況を、そのまま放置していけばトヨタの技術は独自のものゆえに一層の孤立化が進むと考えられる。そして大手自動車メーカーはトヨタのハイブリッド技術を避けた独自戦略を歩んでいき、少なくともHV車での世界の主導は、マイルドハイブリッド由来の48V化が当面の間、幅を利かすことになってしまう可能性が高い。
これに対してトヨタ側の意志表示としては、「地球温暖化抑制の取り組みは喫緊の課題であること」「電動車の開発には多くの時間と費用を必要とすること」など踏まえ、CO2排出量削減のピッチを上げるためには、多くのステークホルダーと思いを共有し、協調して電動車の普及に取り組む必要があると判断したとしている。
ゆえにトヨタとしては「今回の新たな取り組みがきっかけとなり、世界で電動車の開発・市場投入の促進につながることで、CO2排出量削減による地球温暖化抑制に貢献したいと考えています」と結んでいる。
本来、技術のオープン化戦略というのは、自社技術をより早く世界に広げ、デファクトスタンダードにしていくという自社優位策が下敷きとなるもの。
過去にボルボが3点式シートベルトの技術をオープン化したのは、自社技術の普及を進めていくことで企業イメージの向上を目指しただけでなく、同装備の実装着にあたって調達コストを大幅に下げることにも役立つからだ。
トヨタ製のハイブリッド技術も、他の自動車メーカーへの採用を促すことで、同システム搭載車全体のコスト削減が実現され、今後10年という時間軸のなかでボリュームメリットを活かして行くことが出来るようになる。
幾ら優れた孤高の技術とは云え、トヨタ単独の搭載技術では未来に向けた投資効果で行き詰まる。そうした意味で今回の技術のオープン化が、果たしてこの時期で最適だったかという面での疑問は残る。
トヨタ自身では「ハイブリッド技術への本格的引き合いが始まったのは近年のことで、技術の世界に広めるタイミングという面では今が最適。より早くても、また遅くてもタイミングを失しただろう」と話しているが、この答えを知るためには今後の10年程度の期間を待ちたい。
また先に今回のハイブリッドに先立ち、トヨタは燃料電池技術もいち早くオープン化した訳だが、現段階で技術ベース上の世界覇権は未だ実現しておらず、こちらについても答えを得るまでまだまだ時間が掛かりそうだ。
一方、現段階でトヨタが注目しているマーケットは中国市場だと考えられ、技術供与で2030年までという期間限定の技術提供だとしているゆえに、少なくとも中国市場や新興国への売り込みに成功すれば、世界が完全にエンジン搭載車の時代を終えてしまうまでの当分の間、トヨタへ年間・数百億円超規模の収益貢献をもたらすかも知れない。
なお今日の段階では、首都圏に於ける記者会見等がまだ実施されておらず、より詳報の情報拡散は、今後の報道機関への周知を介して、伝えられていくものと見られる。
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