小糸製作所と2大学、白色LED用赤色蛍光体を開発。新物質探索で新たな可能性を拓く


株式会社小糸製作所(本社:東京都港区、代表取締役社長:三原弘志)は12月11日、東京工業大学(学長:三島 良直)の細野秀雄教授の研究グループ、名古屋大学(総長:松尾 清一)の澤博教授の研究グループと共同で、新しい「白色 LED 用赤色蛍光体のFOLP:Eu2+ (Fluorine Oxygen Ligand Phosphor)」の開発に成功したと発表した。

FOLP:Eu2+は、紫外~紫(315~420 nm)の光を吸収し、高い変換効率で赤色発光するが、青~黄色領域の光に対し殆ど吸収を示さない、大きなストークスシフト(電子遷移による発光における励起エネルギーと発光エネルギーの大きさの差)を持っている。

同特性を持つため、白色光で、青・緑・黄色等の他色の蛍光体と混合した時、他の蛍光を再吸収しないことから色ずれを起こさず、安定した色度の白色光が得られる。

従来の白色 LED は、赤成分の不足により十分な演色性(照明で物体を照らす際に、自然光が当たったときの色に対する再現度合を示す指標)が得られなかった。そこで赤色蛍光体を追加実装し高演色化を図った。

現在、白色 LED に使われている赤色蛍光体は、紫や青だけでなく、黄色領域までの可視光を赤色光に変換してしまうことから色ずれの原因になっていた。これに対しFOLP:Eu2+は、特異な結晶構造により、その問題を払拭することができる。

今開発の主な内容
【結晶構造】
FOLP:Eu2+は、K2CaPO4F:Eu2+の組成で、新しい結晶構造を持つ新物質。その結晶構造は、イオン結合性の化合物に発光元素ユーロピウム(原子番号 63 の希土類元素の 1 つで、ランタノイドに属する。蛍光体の発光元素として活用される)が微量添加(ドープ)されており、ユーロピウム周りには、フッ素と酸素イオンが配位した混合配位子場(カチオン周りに異種アニオンが隣接した部位。カチオンは、隣接する異種アニオンから異なるクーロン力を受ける)を形成している。

図1.FOLP:Eu2+の非発光/発光状態 結果、FOLP:Eu2+の活用により、色度バラツキがなく、高い演色性で発光する白色 LED が期待できる。

【発光性能】
紫外~紫光を吸収し、赤色光に変換する。一方、青~黄色の波長域の光は変換せず、大きなストークスシフトを示し、可視光下では白色粉末であるが、紫光の下では赤色発光する(図1)。

【メカニズム】
FOLP:Eu2+が示す大きなストークスシフトのメカニズムを密度汎関数理論(電子密度の分布から、物質のエネルギー等の物性を計算する方法)の応用により解明した。

なおこの研究では、名古屋大学が大型放射光施設 SPring-8(兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センター・JASRIが行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波。SPring-8 では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている)の高輝度放射光を用いて、FOLP:Eu2+の結晶構造の決定を行い、東京工業大学が密度汎関数理論を用いて、FOLP:Eu2+の発光メカニズムの解明を行った。

研究成果は、ロンドン時間 12 月 6 日発行の英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)の科学誌『Chemical Communications』に掲載されている。

1.研究の背景 
従来白色 LED に用いられている赤色蛍光体は、窒化物系の化合物に発光元素をドープしたものが主流だった。

それらにドープされた発光元素は、周囲の窒素イオンと強い共有結合性を示すことから、赤色のような長い波長(エネルギーの小さい)の発光を実現していた。

しかし、これらの蛍光体は、青~黄色の波長域の可視光をも吸収し、赤色光に変換してしまう。そのことは、他色の蛍光体と混合し白色光を形成するとき、赤色蛍光体が青~黄色の蛍光を再吸収するため、発光色の赤色方向へのシフトを誘発する。

そのため、現状の白色 LED は、色度調整が難しく、色度ランクを分けながら販売されていた。

2.研究の内容と成果
今回の開発コンセプトは、“混合配位子場の形成”による蛍光体探索。これは、イオン結合性結晶に発光元素をドープし、その周りに異なる種類のアニオン(電子を受け取って、負の電荷を帯びたイオン)を配位させることとなる。

異種アニオンの配位により、発光元素周りでは空間的な電荷バランスが崩れ、配位アニオンとの静電反発の違いから、発光元素の電子軌道にエネルギーレベルが高い軌道と低い軌道が形成される。

今回の開発では、その低いエネルギーレベルの軌道を用い、赤色発光させるというコンセプトで実施。発光元素周りにフッ素と酸素イオンが配位した FOLP:Eu2+(組成 K2CaPO4F:Eu2+)を開発した。

FOLP:Eu2+は、単結晶構造解析の結果、無機結晶構造のデータベースにはない新しい結晶構造をした物質であった(図2)。またFOLP:Eu2+は、紫外~紫(315~420 nm)の光を吸収し、高い変換効率で赤色発光する(図3)。

特筆すべきは、青~黄色光領域に吸収を持たず、大きなストークスシフトを示すことにある。そのため、FOLP:Eu2+は、青、緑、黄色等の蛍光体と混合したとき、他の蛍光を再吸収せず、蛍光体の配合比だけで発光色を決めることができる。

図4は、FOLP:Eu2+を用い試作した白色 LED が、均一色発光している様子。論文では、密度汎関数理論を応用し、FOLP:Eu2+が示すストークスシフトは、紫光吸収に伴う大きな結晶構造緩和が起源であることを解明している。

3.今後の展開
FOLP:Eu2+を活用した白色 LED の開発を進め、発光色度ずれがない高演色白色 LED の実現を図っていく。

また今成果は「発光材料の探索」という地道な研究活動の産物であり、今後も同社は、新しい光創りを目指した研究活動を進めていくとしている。

4.掲載情報
題名:A novel red-emitting K2Ca(PO4)F:Eu2+ phosphor with a large Stokes shift
著者:Hisayoshi Daicho, Kiminori Enomoto, Yu Shinomiya, Akitoshi Nakano, Hiroshi Sawa,
Satoru Matsuishi, Hideo Hosono
ジャーナル名:Chemical Communications
DOI:10.1039/C7CC08202A