理化学研究所、天然ゴムのドラフトゲノムを解読


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天然ゴム遺伝子の93.7%以上を網羅

理化学研究所(所在地:埼玉県和光市、理事長:松本紘、以下、理研)の国際共同研究チーム(※)は、天然ゴム(パラゴムノキ※1)のゲノム解読を行い、93.7%以上の遺伝子情報を包括する質の高いドラフトゲノム(※2)を得ることに成功した。

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研究メンバーの写真。ゴムゲノム解読メンバー。左からニョクシン・ラウ、蒔田(中井)由布子、川島美香。

天然ゴムは、車や航空機のタイヤ、医療用装置の部品など、私たちの日常で広く使われている。こうした交通社会を支える天然ゴムを産み出すパラゴムノキは、現在、90%以上が東南アジアで栽培されている。

その原産地は、ブラジルのアマゾン川流域のジャングルに点在しており、ナイフでパラゴムノキの幹の皮を削ると、牛乳のような白い液体が出てくる。

この少し匂いがあり、ベトベトしていて液体が“ラテックス”と呼ばれており、このラテックスを固めると天然ゴムができる。

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こうした天然ゴムは、加工し易く、摩耗やショックを吸収するという優れた特性があるため、今日に於いてもその需要は年々高まっている。

以上を踏まえ、当地の生産現場では生産性を高めるため、このパラゴムノキの優良木との掛け合わせといった従来の品種改良によって、生産性を上げる努力が続けられている。

しかし、優良木との掛け合わせによる品種改良は、経験が必要であること。また充分なラテックスが採取できるまでには、10年以上の年月が掛かる事が課題に挙がっていた。

対して、この天然ゴムのゲノム情報を精緻に解読することができるなら、こうした育種や品種改良を、科学的かつ効率に進めることができる。また、ラテックスが作られるメカニズムが分かれば、特性の向上した天然ゴムを合成することも可能になる。

そこで今回、理研の科学者を中心とした理研の国際共同研究チームは、東南アジアで広く用いられているPRIM600系統のパラゴムノキでゲノム解読に挑戦した。

なおこの解読には、二つの手法を組み合わせた。具体的には、予想されるゲノムの大きさの155倍の情報量で解読を実施。その結果、1.55Gb(ギガ塩基対、Gは10億)のドラフトゲノム配列を得ることに成功した。

こうして得られたドラフトゲノムを解析したところ、天然ゴムのラテックスのラバーパーティクル(球状の小分子)に含まれるタンパク質の遺伝子が、ゲノム上で同じ転写方向に並んだ遺伝子クラスタ(※3)を形成していることを発見した。

併せて病害抵抗性の遺伝子も、ゲノム上に遺伝子クラスタ(※3)を形成していることを確認した。

次に、アノテーション(※4)と呼ばれる、ゲノム配列から遺伝子としての転写が推測される領域を導き出す操作を行ったところ、約84,000個の遺伝子が予測された。そこには全体の93.7%以上の遺伝子情報が網羅されている事も確認している。

CAGE法(※5)により遺伝子の転写開始部位を正確に決めることで、葉や茎に比べてラテックスは、天然ゴム関係の遺伝子が100倍以上発現している事、各組織で転写開始部位が変化する可能性も見出している。

加えて同じトウダイグサ科の植物とゲノム比較したところ、パラゴムノキは、キャッサバ、トウゴマ、ヤトロファなどの重要な植物と高い相同性を示すことも分かった。

以上、これらのゲノム情報は、天然ゴムの生産性や特性の改良に重要であると共に、今後の天然ゴム育種の科学的基盤になると見られている。

以上の研究成果は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』(6月24日付け)に掲載された。

(※)国際共同研究チーム
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター合成ゲノミクス研究グループの松井南グループディレクターと、マレーシア科学大学化学生物研究所のニョクシン・ラウ博士、アレクサンダー・チョンシュウチェン教授による国際共同研究チームで、その概要は以下の通り。

理化学研究所 環境資源科学研究センター 合成ゲノミクス研究グループ
– グループディレクター 松井 南(まつい みなみ)
– 研究員 蒔田 由布子(まきた ゆうこ)
– テクニカルスタッフI 川島 美香(かわしま みか)

マレーシア科学大学 化学生物学研究所
– 教授 アレクサンダー・チョンシュウチェン(Alexander Chong Shu-Chien)
– 博士 ニョクシン・ラウ(Nyok Sean Lau)

 

今後の期待
本研究では1.55Gbの質の高いドラフトゲノムを得ることができた。このゲノム情報をもとに、さまざまなゴムノキの育種系統のリシークエンス(※6)を行うことで、品種間差について詳しい情報を得ることができる。

また、ブラジルの原種との比較から、ゴムノキの進化やラテックス生産に関わる情報が得られる。これらの情報は、今後、より特性の優れた天然ゴム製品の開発につながると期待できる。

原論文情報
Nyok-Sean Lau, Yuko Makita, Mika Kawashima, Todd D. Taylor, Shinji Kondo, Ahmad Sofiman Othman, Alexander Chong Shu-Chien, Minami Matsui, “The rubber tree genome shows expansion of gene family associated with rubber biosynthesis”, Scientific Reports

補足説明
(※1)パラゴムノキ
学名はHevea brasiliensis。トウダイグサ科パラゴムノキ属の常緑高木。幹を傷つけて得られる乳液(ラテックス)は天然ゴムの原料となる。「パラ」は原産地であるブラジルの北部にあるパラ州に由来する。

(※2)ドラフトゲノム
ある生物の遺伝情報の1セットをゲノム(Genome)という。全ゲノムの概要のことをドラフトゲノム(Draft genome)と呼ぶ。

通常、ゲノム配列中には、解読が困難な部分(例えば繰り返し配列など)が含まれ、全ゲノムの完全な配列を取得するには膨大な労力と時間がかかる。このため、ドラフトゲノムレベルでのゲノム解読が行われることが多い。

(※3)遺伝子クラスタ
ある機能に関係する複数の遺伝子が、ゲノム上の狭い領域に並んで存在していること。

(※4)アノテーション
ゲノム配列から遺伝子として転写されることが推測される領域を予測、導き出す操作。

(※5)CAGE法
理研が開発したすべての遺伝子の発現量と転写開始部位を正確に調べる技術。mRNAの最初のCAPと呼ばれる構造を利用する。組織や生育時期などで転写の開始部位が変化するスイッチングなどの貴重な情報が得られる。CAGEは、Cap Analysis of Gene Expressionの略。

(※6)リシークエンス
ゲノム配列が決定された生物の他の品種や系統について、ゲノム配列を決定すること。元の配列との違いを調べることで、品種、系統の差異に関する情報を得ることができる。