東大・早大ら、多孔性結晶中のNaイオンの高速拡散機構を新たに提唱

次世代ナトリウムイオン電池の新規正極の開発を加速

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 化学生命科学研究所の館山佳尚教授、早稲田大学 先進理工学研究科の伊藤暖大学院生(博士後期課程3年)らは6月30日、Naイオン電池の有望な電極材料である多孔性結晶プルシアンブルー(PB)中のLi+・Na+・K+の拡散機構をスーパーコンピュータを利用した高精度計算により解明した。

具体的には「富岳(理化学研究所と富士通が共同開発した日本のスーパーコンピュータ)」を用いた高精度計算により、Naイオン(Na+/チウムの代わりにナトリウムイオンを使う電池)電池の有望な電極材料であるプルシアンブルー(PB/鉄を含む青色の錯体化合物で、安価かつ合成が容易)結晶におけるNa+の拡散機構と、PB結晶の動的な無歪み性が、室温以下の高速拡散に重要であることを提唱したもの。

これは「大きい孔が拡散に有利」という典型的な考え方を書き換え、また開発競争が加速するNaイオン電池の正極材料(電池の性能を左右する中核材料)の設計指針を飛躍的に前進させる成果だ。

近年、資源制約フリー(希少資源に依存せず、広く存在する元素を活用して持続可能性と安定供給を実現する考え方)なNaイオン電池の研究が著しく加速しており、電池性能を決定づける正極材料の性能向上は重要な課題となっている。

その解決法のひとつとしてPB正極の利用が注目を集めていますが、PB正極の充放電速度向上の鍵となるNa+拡散の観測・制御は難しく、PB正極の材料設計の課題となっていた。

今研究では、スーパーコンピュータ「富岳」を利活用することで、温度効果も含めた高精度な原子レベルの計算、第一原理分子動力学計算(FPMD/経験パラメータを利用しない量子力学方程式に基づく計算)を世界に先駆けて実行した。

その結果、Li+、Na+、K+の拡散特性の比較を通して、Na+が室温以下でも高い拡散係数を維持すること、その要因としてPB結晶の動的な無ひずみ性が重要であることを示した。

得られた知見は、一般の多孔性結晶内のイオン拡散の基礎学理に新たな視点を与えるものであると同時に、室温以下で優位に駆動するNaイオン電池の材料開発にも大きく貢献するものと言える。

なお同研究の成果は、米国化学会が出版する学術雑誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に6月30日付(米国東部時間)で掲載された。

持続可能な社会に、再充電可能な電池が重要な役割を果たす

今研究と得られた成果が示す背景は、持続可能な社会の実現に向け、再充電可能な電池が極めて重要な役割を果たしていくことがある。

リチウム(Li)イオン電池はその中心的な技術として発展してきたものの、地球上のLi資源分布の偏りが課題とされてきた。

一方、資源が均等に分布しているナトリウム(Na)はLiと化学的性質が似ているため、近年では、Liの代替金属としてNaを用いたNaイオン(Na+)電池の開発競争が激化している。

特に、Naイオン電池の性能を左右する正極(図1a)の候補材料の決定が主な競争課題であり、層状酸化物を用いた研究が主流だ。

一方、層状酸化物タイプの材料は界面の劣化・酸素発生等による電池性能の著しい低下を引き起こす課題がある。そこで、これを回避する解決法のひとつとして、プルシアンブルー(PB)正極の利用が注目を集めている。

立方体構造を有する金属有機構造体(MOF/金属イオンと有機配位子が結合して形成される多孔性材料)の一種であるPB(図1b)は良好な正極性能(高速充放電特性、長寿命)を示すと共に、製造・材料コストが低いことがとりわけ魅力となっている。

正極性能の評価にばらつきが、直接比較を困難にさせている

一方、PB電極性能の向上に向けて世界中で研究開発が進められているものの、明確な材料設計指針は確立されていない。

これは、実験研究の詳細な合成・観測条件によって、正極性能の評価にばらつきがあり、直接比較を困難にさせているため。故に、正極性能評価の汎用的な指針となる、欠陥や不純物のない理想的な結晶中のNa+拡散機構は未解明な点が多いのが現状だ。

今研究では、PB結晶中のNa+拡散機構を解明するべく、スーパーコンピュータ「富岳」を用い、原子レベルの第一原理分子動力学計算(FPMD)を実施することで、Na+拡散メカニズムの全貌を明らかにした。

更にNa+と化学的性質が似ておりイオンサイズが異なるLi+、カリウムイオン(K+)(図1c)を用いた計算も実施することで、PB結晶中のNa+拡散機構の比較検討を行った。

研究では、立方体構造が3方向に二つずつ並ぶ結晶構造(合計八つのケージ)を想定し(図1b)、その内部で各イオン(A+ = Li+、Na+、K+)が四つ含まれる場合のA+拡散機構を解明した。

室温以上(高温から室温)と低温極限(絶対零度)における拡散機構の解明には、それぞれFPMD計算と第一原理遷移状態計算(始状態と終状態の間で最もエネルギーを使わずに変化できる反応経路を求める計算手法)を用いた。

これら二つの手法を駆使し、広い温度範囲(高温から低温極限)で、A+イオンサイズの違いに着目したNa+拡散機構の比較検討を行った。

▲図1.(a)イオン二次電池の模式図。負極から正極へと、リチウムイオンなどのプラスの電荷を帯びたイオン(濃いピンク色の丸)が移動することで、電流が流れる。(b)正極材料の一種であるプルシアンブルー(PB)結晶。(c)PB結晶の孔の中で拡散するA+(= Li+、Na+、K+)イオンとそのサイズの比。

結晶構造がひずまずに保たれることが自己拡散係数を実現する鍵

高精度FPMD計算を行い、Na+は室温付近でも高い自己拡散係数(粒子が外部の力を受けずに自身の熱運動によって移動する速さを示す係数)を維持し、拡散に必要な活性化障壁(化学反応や物質中のイオン移動が起こるために必要な最小限のエネルギー)も低いことが分かった(図2a)。

一方、Li+は高温でよく拡散するものの、高い活性化障壁を乗り越える必要があり(図2a)、K+は高温と室温においても拡散しませんでした。この結果は、室温付近においてPB正極が優れたNa+伝導体であることを示している。

▲図2.(a)第一原理分子動力学計算を用いて算出したLi+、Na+の27〜427℃の温度範囲における自己拡散係数(D*)とアレニウス式[拡散係数(D)の温度依存性(T)を表す近似式(-Ea/RT)。Eaは活性化障壁、Rは気体定数]に基づくプロットから得られた活性化障壁(EaMD)。(b)第一原理遷移状態計算を用いて算出した低温極限(絶対零度)におけるA+イオン(Li+、Na+、K+)の活性化障壁の表。

そこでPB結晶の低温領域に於ける優れたNa+拡散機構を解明すべく、第一原理遷移状態計算を行った。

結果、PB結晶中でNa+は面心からずれた偏位面心(off-FC)位置を最安定位置にとり(図3a)、この間の活性化障壁は低い(129 meV、図2b)ため、容易にNa+が拡散することが示された。

更にNa+が拡散する際、結晶構造が動的にひずまずに保たれることが、低い活性化障壁と室温以下でも高い自己拡散係数を実現する鍵であることが明らかになった。

PB結晶は高速充電が可能なNaイオン電池の正極材料であることが示唆される

Li+とK+は、低温極限(絶対零度)でも、Na+より高い活性化障壁を有することが分かった。

イオンサイズが小さいLi+は面心位置(図3b)を最安定位置としており、この位置の間の活性化障壁は比較的高い値を示している(332 meV(図2b))。

これは、大きなPB結晶のケージの面がLi+側に引き寄せられるように大きくひずむ(図3d)ことで、高い活性化障壁と室温以下の低い自己拡散係数が実現することを示している。

一方、イオンサイズが大きいK+(図1c)は、非常に大きな活性化障壁(978 meV(図2b ))を必要とすることが分かった。

なお、欠陥を有するPB結晶では、高温でのみK+が有限の自己拡散係数を示すことが分かり、K+は欠陥を含むPB結晶中でのみ拡散することを示している。

▲図3.2 × 2 × 2のPBケージ構造において、(a)四つのNa+イオンが偏位面心位置と(b)四つのLi+イオンが面心位置のみを占有する場合の安定配置。(c-d)Li+、Na+の拡散に伴う動的なPB結晶のひずみ。 Li+、Na+が面心位置にいる際の結晶構造ひずみ(矢印はひずみ方向)を示している。

Li+、K+と比較することで、PB結晶は室温以下でより高速充電が可能なNaイオン電池の正極材料であることが示唆された。

この優位性の要因として、結晶構造が動的にひずまずに保たれることが高Na+拡散機構の実現に於いて重要であることが考えられる。

一般的に、電池の劣化は正極材料のひずみや膨張によって引き起こされる。従って同研究結果は、Naイオン電池の正極材料として、PB結晶が低温〜室温で高速充電が可能であるだけでなく、長寿命化が期待できることを示唆していると言える。

Naイオン電池の実用化に向けた動きが加速するというインパクト

中国の電気自動車用電池CATLが2025年4月、低温(約–40℃)で高速充電可能なNaイオン電池”Naxtra”を発表し、Naイオン電池の実用化に向けた世界的な動きが加速している。

正極材料としてのPBは、長寿命・高エネルギー密度かつ低コスト化を実現しており、欧米のスタートアップ企業を中心に研究開発競争が激化している。

一方、合成条件や組成の違いにより、PBの正極材料としての機能にはばらつきがあり、その材料開発指針は未だ確立していない。

研究では、原子レベルの計算で最も高精度な手法であるFPMD計算を採用し、A+拡散機構について系統的な理論化学研究を世界で初めて行い、Li+、K+との比較を通じて、PBが室温以下で駆動するNaイオン電池正極材料として有望であることを明らかにした。

その成果はNaイオン電池開発に対して大きく貢献すると同時に、PBと類似した多孔性を持つMOF材料のA+拡散機構に関する基礎化学を大きく前進させ、電池や触媒をはじめ孔内のイオン伝導を活用した、放射性イオン吸着剤や化学センサー等への材料開発への波及効果も期待される。

PB結晶構造がNaイオン電池の正極材料として高い可能性を持つ

今研究により、欠陥や不純物のない理想的なPB結晶構造がNaイオン電池の正極材料として高い可能性を持つことを理論的に示した。

しかし現実には、欠陥のないPB正極の合成は難しく、実用材料では意図していない結晶構造の欠陥や水和水(結晶内に含まれる金属イオンと相互作用している水分子)などの不純物が電池性能を抑制する要因となっている。

また、PB結晶は高温で有毒ガスを発生する可能性があるため、これらの抑制するための仕組みを、材料科学の観点から取り組むことが重要だ。

今後は、欠陥や水和水も含んだ実際の材料条件に近づけた研究に展開することで、蓄電技術の実用研究との接続を図る。

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最後に同研究は、科学技術振興機構(JST)革新的GX技術創出事業 GteX「資源制約フリーなナトリウムイオン電池の開発」(JPMJGX23S4)、先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)「分散型国際ネットワークが実現する基盤蓄電技術革新とネットゼロ社会」(JPMJAP2313)、および戦略的創造研究推進事業CREST「分子結晶全固体電池の創製」(JPMJCR22O4)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP24KJ2098、JP24H02203)、文部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム「物理-化学連携による持続的成長に向けた高機能・長寿命材料の探索・制御」(JPMXP1020230325)の支援を受けて行われた。

今研究のシミュレーションは、東京工業大学(現 東京科学大学)のスーパーコンピュータ TSUBAME 4.0、物質・材料研究機構の材料数値シミュレータ、および理研のスーパーコンピュータ「富岳」を用いて実行した。

また文部科学省HPCIプログラム利用課題(課題番号:hp230153、hp230205、hp240224)の協力を受けた。

論文情報
掲載誌:Journal of the American Chemical Society
タイトル:Dissimilar Diffusion Mechanisms of Li+, Na+, and K+ Ions in Anhydrous Fe-Based Prussian Blue Cathode
著者:Dan Ito, Seong-Hoon Jang, Hideo Ando, Toshiyuki Momma, Yoshitaka Tateyama
DOI:10.1021/jacs.5c05274

研究者プロフィール
館山 佳尚氏 Yoshitaka TATEYAMA
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 教授
研究分野:計算材料科学、物性理論、電気化学

伊藤 暖氏 Dan ITO
早稲田大学 先進理工学研究科 ナノ理工学専攻 博士後期課程3年
東京科学大学 物質理工学院 応用化学コース 特別研究学生
研究分野:計算材料科学、理論化学、固体イオニクス