IBM、世界初の新たな量子コンピューター構築に着手

初の大規模フォールト・トレラントへの道筋を示す

IBMは6月11日(米ニューヨーク州ヨークタウン・ハイツ発)、世界初の大規模なフォールト・トレラント量子コンピューターの構築に向けた道筋を明らかにし、実用的でスケーラブルな量子コンピューティングの基盤を整えた。

2029年までに提供されるという「IBM Quantum Starling」は、ニューヨーク州ポキプシーにある新しいIBM Quantumデータセンターに構築され、IBMでは現在の量子コンピューターの20,000倍の演算を実行できるという予想を示した。

一方でIBM Quantum Starlingの計算状態を表現するには、世界で最も強力なスーパーコンピューターの10の48乗倍以上のメモリーが必要になる。

それでもIBM Quantum Starlingを使用することで、ユーザーは、現在の量子コンピューターでアクセスできる制限された特性を超えて、量子状態の複雑さを余すことなく探索できるようになるという。

IBMは、既に大規模な量子コンピューター群を世界規模で運用しているが、今回新たに実用的なフォールト・トレラント量子コンピューターの構築計画を概説した新しいIBM Quantumロードマップも併せて公開した。

IBM会長兼最高経営責任者(CEO)のアービンド・クリシュナ氏(Arvind Krishna)は、「IBMは、量子コンピューティングの新境地を開拓しています。

数学、物理学、エンジニアリングにわたるIBMの専門知識は、大規模なフォールト・トレラント量子コンピューターへの道を切り拓いています。これは、現実世界の課題を解決し、ビジネスの大きな可能性を解き放つものです。

数百から数千の論理量子ビットを備えた大規模なフォールト・トレラント量子コンピューターは、数億から数十億の演算を実行できるため、創薬、材料探索、化学、最適化などの分野で時間とコストの効率化を加速できる可能性があります。

IBM Quantum Starlingは、200の論理量子ビットを使用して1億の量子演算を実行することにより、多様な領域で利用できるようになります。それこそが2,000の論理量子ビットに対して10億の量子演算を実行できるIBM Quantum Blue Jayの重要な基盤となります。

現量子コンピューターの20,000倍の演算が可能なシステムに

そもそも論理量子ビットは、1量子ビット分の量子情報を保持する役割を担うエラー訂正された量子コンピューターの単位です。論理量子ビットは、この情報を保存し、エラーを相互に監視するために連携する複数の物理量子ビットで構成されています。

つまり古典コンピューターと同様に、量子コンピューターは、大規模なワークロードを障害なく実行するためにエラーを訂正する必要があるからです。

そのために、物理量子ビットのクラスターを使用して、基になる物理量子ビットよりもエラー率の低い少数の論理量子ビットを作成します。論理量子ビットのエラー率は、クラスターのサイズに応じて指数関数的に抑制され、より多くの操作を実行できるようになります。

従って、できるだけ少ない物理量子ビット数で、量子回路を実行できる論理量子ビットの数を増やすことは、大規模な量子コンピューティングにとって重要です。

今日まで、非現実的なエンジニアリングのオーバーヘッドなしに、そのようなフォールト・トレラント・システムを構築するための明確な道筋は発表されていませんでした」と述べた。

以上を踏まえると効率的なフォールト・トレラント・アーキテクチャーの実行が成功するかどうかは、エラー修正コードの選択と、このコードを拡張できるようにシステムをどのように設計・構築するかに掛かっている。

これまで標準とされてきたエラー訂正コードには、根本的なエンジニアリング上の課題があった。

拡張するには、複雑な操作を実行するのに十分な論理量子ビットを作成するために実現不可能な数の物理量子ビットが必要であり、非現実的な量のインフラストラクチャーと制御電子機器も必要になる。このため、小規模な実験やデバイス以外での実装が困難だった。

スーパーコンピューターの10の48乗倍以上のメモリーが必要に

これを踏まえると実用的で大規模なフォールト・トレラント量子コンピューターには、以下のようなアーキテクチャーが必要となる。

・有用なアルゴリズムが成功するための、十分なエラーを抑制するフォールト・トレラントであること。

・計算を通じて論理量子ビットを準備・測定することができる
これらの論理量子ビットにユニバーサル命令を適用できる

・論理量子ビットからの測定値をリアルタイムでデコードでき、後続の命令を変更できる

・より複雑なアルゴリズムを実行するために、数百から数千の論理量子ビットに拡張できるモジュール式であること

・エネルギーやインフラストラクチャーなどの現実的な物理リソースで意味のあるアルゴリズムを実行するうえで、十分に効率的であること

今回IBMは、上記の要件をどのように解決して大規模なフォールト・トレラント・アーキテクチャーを構築するかを詳述し、2つの新しい技術論文を発表した。

最初の論文では、このようなシステムがqLDPC符号を使用して命令を処理し、操作を効果的に実行する方法を明らかにしている。

この研究は、Nature誌の表紙に掲載された量子低密度パリティー・チェック(qLDPC)符号を導入したエラー訂正への画期的なアプローチに基づいている。このコードは、他の主要なコードと比較して、エラー修正に必要な物理量子ビットの数を大幅に減らし、必要なオーバーヘッドを約90%削減させる。

更に大規模な量子プログラムを確実に実行するために必要なリソースを示し、そのようなアーキテクチャーが他のアーキテクチャーよりも効率的であることを証明しているとした。

2 つ目の論文 では、物理量子ビットからの情報を効率的にデコードする方法について説明し、従来のコンピューティング・リソースを使用してリアルタイムでエラーを特定して訂正するための道筋を示した。

想定ロードマップから、より現実的な技術的マイルストーンへ

新しいIBM Quantumロードマップでは、フォールト・トレランスの基準を実証し、実行するための主要な技術的マイルストーンを概説している。

ロードマップに含まれる新しいプロセッサーはそれぞれ、モジュール式かつスケーラブルで、エラー訂正された量子システムを構築するための特定の課題に対処しているとした。

IBM Quantum Loon(2025年予定):同一チップ内で量子ビットを長距離で接続する「Cカプラー」など、qLDPC符号のアーキテクチャー・コンポーネントをテストするように設計されている。

IBM Quantum Kookaburra(2026年予定):これはエンコードされた情報を保存および処理するために設計されたIBM初のモジュラー型プロセッサーを指す。これを量子メモリーと論理演算を組み合わせることで、フォールト・トレラント・システムを1つのチップを超えて拡張するための基本的な構成要素とする。

IBM Quantum Cockatoo(2027年予定):「Lカプラー」を使用して2つのKookaburraモジュールを組み合わせる。このアーキテクチャーは、量子チップをより大きなシステムのノードのように相互に接続し、非現実的な大きなチップを構築する必要がなくなる。

これらで綴られた進歩に係る記述が、2029年に予定されているIBM Quantum Starlingの実現へと繫がるように設計された。

IBMのフォールト・トレランスの拡張への道筋についての詳細は、右記のブログおよびこの最新動画を閲覧されたい。

当報道資料は、2025年6月10日(現地時間)にIBM Corporationが発表したプレスリリースの抄訳をもとにしている