UDトラックス株式会社は、2016年3月31日付で、同社・取締役会長・坂上 優介氏(さかうえ・ゆうすけ)が取締役会長を退任する。
また、ボルボ・グループは先の1月27日に、同社グループ内の組織再編を本社人事より発表している。
これらによると、同グループの現商用車販売事業部門(グループ・トラック・セールス)の最高責任者兼UDトラックス株式会社取締役であるヨアキム・ローゼンバーグ氏が、UDトラックス株式会社の代表取締役会長として就任する予定としている。
この交代人事は、来る2016年3月開催予定の株主総会およびその後に開催される取締役会で正式決定される。
坂上 優介氏は、2004年(平成16年)日産ディーゼル工業株式会社(当時)に入社し、専務取締役、取締役副社長を経て、2012年3月(平成24年)に代表取締役社長に就任した。
日産ディーゼル工業は、その間の2010年(平成22年)2月、日産ディーゼル工業からUDトラックスへ社名変更している。なおUDトラックスという社名は、Ultimate Dependability (究極の信頼)という付加価値を与えることを主眼に命名された。
UDトラックスとなって以降の翌2013年(平成25年)に、UDトラックスブランドとして、初の新興国向け大型車クエスターを市場に投入。
その翌年の2014年(平成26年)には、ボルボ・グループ・ジャパン株式会社、販売会社のUDトラックスジャパン株式会社との3社合併をリードし、現同社グループに於ける日本国内の製造・販売体制の一本化の基礎を築いた。
坂上 優介(さかうえ・ゆうすけ) 略歴:
昭和49年 4月:株式会社日本興業銀行入行
平成 7年 6月:スイス興銀社長
平成11年 3月:株式会社日本興業銀行人事部参事役
平成12年 4月:興銀証券株式会社常務取締役 兼 執行役員
平成12年10月:みずほ証券株式会社常務執行役員
平成16年4月:日産ディーゼル工業株式会社顧問
平成16年6月:同社専務取締役
平成19年6月:同社取締役副社長
平成24年3月:UDトラックス株式会社代表取締役社長
平成27年1月:UDトラックス株式会社取締役会長
平成28年1月:東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会副事務総長
現在に至る
※UDトラックスは、1935年に12月1日にディーゼルエンジンの製造を目的に埼玉県川口市に「日本デイゼル工業株式会社」として設立された。
当時の社会情勢の中、重工業への進出を目指し経営権を獲得した鐘淵紡績(のちのカネボウ)により「鐘淵デイゼル工業」(1942年)となった後、大戦を経て鐘淵の事業整理により「民生工業」(1946年)に。
さらに日産自動車の資本参加により「民生デイゼル工業」(1950年)を経て、日産ディーゼル工業株式会社(1960)なった。
その後の2010年(平成22年)2月、日産ディーゼル工業からUDトラックスなった同社は、遡る2007年以降、商用車、バス、建設機械、船舶用エンジンなどを製造・販売するボルボ・グループの傘下となった。
なお「UD」の略称は、同社がUDトラックスとなる以前から、同社製車両の略称として顧客から呼ばれていた。
これは1955年の民生デイゼル工業時代、当時のGMからユニフロー掃気ディーゼルエンジン(Uniflow scavenging Diesel engine)に関するライセンスを取得し、自社設計によるUD型2ストロークディーゼルエンジンを発表して以来のものだ。
現在、ボルボグループを通して、世界64カ国に販売ネットワークを展開。2014年の販売台数は、国内・海外合わせて約2万2000台となる。