トヨタは単なる自動車製造・販売メーカーから、広くトヨタと接点を持つステークホルダーの顧客体験を育み、それを利益に変えていく企業を目指す
トヨタ自動車株式会社(本社:愛知県豊田市、代表取締役社長:豊田 章男)は、先の4月に社内の事業体制を刷新。具体的には、サービス事業別に「先進技術開発カンパニー」「トヨタコンパクトカーカンパニー」「ミッドサイズヴィークルカンパニー」「CVカンパニー」「レクサスインターナショナルCo」「パワートレーンカンパニー」「コネクティッドカンパニー」の社内7カンパニー制度を導入したのだが、この際、立ち上げられたコネクティッドカンパニーがこの11月1日より、いよいよ本格始動する。
その皮切りは、トヨタブランド全車を対象とした共通の車載通信機(DCM・Data Communication Module)の開発・搭載となった。そしてこの程、同搭載機の開発に成功。この完成機をトヨタの世界標準機として、来る2020年までと期限を切ってまずは日米に於いて、ほぼ全ての乗用車への標準搭載を目指していく。
さらにこの動きは、順次その他の地域にも速やかに拡大させる意向で、最終的には、全トヨタ車の走行情報の取得と運用を包括的に行う「グローバル通信プラットフォーム」を、通信会社のKDDIと共同で構築していくと発表した。
共通使用の通信機「DCM」により、世界を走るすべてのトヨタのクルマをコネクティッド化していく
この車載通信機のDCMには、eSIMが差し込めるため国別・地域別に世界各国の通信事業者によってその内容は書き換えられていく。このため機材の調達面で競争力が出てくるものとトヨタ側では見ているようだ。
なおこれによって、世界規模で収集されることになる車両走行時を含むビッグデータは、車載ソフトウエアの管理や、個人認証技術を駆使・運用していくモビリティサービス・プラットフォームに集約。スマートフォン等モバイルデバイスとの連携には、フォード社が提唱するSDL(Smart Device Link)を採用する。
上記システムからドライバーが個々に利用する車載の人工知能エージェントを介して、全てのトヨタ車に乗る顧客を、包括的に管理・もてなしていく新モビリティサービス創出に繋げていく構えだ。
広域に於ける気象情報、渋滞情報、そして個別の車両が置かれたシステム情報をすべてビッグデータを用いて活用していく
また併せてこれらの走行データは、次世代人工知能技術の研究開発にも活かすべく、コネクティッド技術と表裏一体の自動運転車の開発にも活用されていく。
加えて、国内外で延べ参画80社に上る自動車メーカーによる車両用OSの開発コンソーシアムである「AGL」内の活動にも活かされていくと云う。
https://www.youtube.com/watch?v=dCwrPjUAInM
なお直近で目に見えるトヨタ自身の活動としては、近く発売されるプリウスPHVを対象に、既にLEXUSブランドに於いて一部実施していた「オンライン顧客サービス」の拡大を展開していく。
これはプリウスPHV購入後3年の期間、オンライン上での車両診断並びに故障前チェックの逐次実施。同じくオンラインネットワークで繋がれたトヨタディーラー網との連携。
適切な入庫時期を促すメンテナンスサポートの「eケアサービス」の他、アクシデント発生時の「緊急通報サービス」、「盗難車追跡サービス」、「オペレーターによるオンデマンドサービス」などを現場の整備サービスと組み合わせて提供する計画を立てている。
さらに車載センサーからの走行データ取得システムを背景に、道路の混雑に合わせたダイナミックマップをリアルタイムに更新・提供する等のサービス提供も含まれている。
コネクティッドカーを収益化へとつなげていく「モビリティサービス・プラットフォーム」(MSPF)という戦略構想
先の通りで今後は、こうした手厚いサービス体制を、トヨタブランド全車に拡大していく意向だ(今回のプリウスPHVの場合、4年目からユーザー側が引き続き同一サービス提供を希望した場合のみ、年間12,000円の有料サービスに移行する)。
ただこのコネクティッドサービスに関わる課題はまだ残されている。というのは既にLEXUSユーザー向けに提供している初回3年間以降のコネクティッドサービスの継続率にある。
今回壇上に立ったトヨタの専務役員で「コネクティッドカンパニー」プレジデントの友山茂樹氏によると、「LEXUSの場合、無料期間を超えた4年目以降から、年間1万7000円が必要となる。しかし現在は7割の継続率を誇っている」と語っている。
確かに車両付帯のコネクティッドサービスの継続率として考えれば、高率を維持しているとも言えなくもない。
但し対象車両は、国内最高峰のLEXUSブランドである。そう考えると現行の年間1万7000円で7割という継続率が満足できる数字と言えるがどうかは、再考に値するかも知れないのだ。
なおこの動きとは別に、カーシェア分野に於けるモビリティサービスの普及を目指す動きも活発化しており、同計画については既存のトヨタスマートセンター、トヨタビッグデータセンター、金融・決済センターの上位に、モビリティサービスに必要とされる様々な機能を備えた、モビリティサービス・プラットフォーム(MSPF)の構築を推進している。
このMSPFとは、これまでトヨタがライドシェアサービス事業者と提携する際、開発・提供していた車両管理システムやリースプログラムといった個別の機能を包括したプラットフォームである。
今後トヨタと、このシステムとの提携を希望する事業者は、同プラットフォーム内の機能をサービス内容に応じて利用することで、より便利で、細やかなサービスを顧客に対して提供していくことが可能になる。
トヨタはこの分野でも今後、MSPFを核にカーシェアや、ライドシェアといったモビリティサービスに関わる事業拡大を図っていくほか、テレマティクス保険など、多角的なサービス事業者との連携も臨んでいく構えだ。
このような動きと施策について先の友山茂樹氏は、「トヨタは、モビリティサービス・プラットフォーマーとして、あらゆる企業、サービスとオープンに連携し、より便利で安心な移動をお客様に提供すべく、新たなモビリティ社会の創造へ貢献していきます」と述べている。
また、今回トヨタはこのMSPFの一機能として、カーシェアに於いて安全かつ安心なドアロックの開閉や、エンジン始動を実現する為のデバイス、スマートキーボックス(SKB)を開発。
この実証プログラムを、米国で個人間カーシェアビジネスを手掛けるベンチャー企業「Getaround」社と共同で、カリフォルニア州サンフランシスコを皮切りに、来年1月より開始する。
実証プログラムで活用するMSPF内の機能の開発、運営は米国におけるトヨタのコネクティッド領域の研究開発会社、Toyota Connected, Inc.(以下、TC)が行う予定。また、今回の協業に際し、本年10月には未来創生ファンド*からGetaround社へ戦略的出資を実施している。
従来、カーシェアの利用に不可欠な鍵の受け渡しに於いては、利用者と車両の所有者がコンソールボックス内に鍵を置くなどして受け渡しを行うか、特殊な通信装置を車両のCAN(Controller Area Network : 車両情報を伝送するネットワーク規格)に直接接続することで鍵の開閉などを行っていた。
しかしこれまではセキュリティ面での課題があった。そこで今回開発したSKBは、車両を改造することなく、所有者が端末を車内に設置するだけで、利用者は自身のスマートフォンで鍵の開閉、エンジン始動ができるようになる。これで安心かつ安全に車両の貸し借りを行うことが可能となる見込みだ。
SKBは、車両の所有者が車内の任意の場所に設置できる。なお車両の利用者は、スマートフォン上のアプリを操作することで、トヨタスマートセンターからSKB端末にアクセスするための暗号キーを受信。利用者がそのスマートフォンを車両に近づけると、SKB端末との間で暗号キーが認証され、通常のスマートキーと同様に鍵の開閉などの操作を行うことができる。
なお操作可能な時刻や期間は、利用者の予約内容に応じてセンターで設定・管理することが可能である。
これまでトヨタは1年あたり数百万台に上るクルマを売ってきた。しかし、これからはシェアリングを含め、数百万の顧客接点を重視する企業に変革していく
今回のGetaround社との実証プログラムの中では、SKBのカーシェアにおける効果、利便性の検証を行うほか、トヨタファイナンシャルサービス(株)(以下TFS)とも連携し、車両所有者による車両リース代金の支払いにカーシェア収入を充てるなどの新たな金融商品の開発も行う。
トヨタとしては、こうした施策によりカーシェア対応車両が一層増加し、利用者の利便性向上と、新たな顧客層の創出を期待している。
加えて今後は、MSPFの幅広い活用についても推進していく予定であり、例えば日本国内ではレンタカーの無人貸出しサービスなどへの活用も、今回のSKBの実証結果を踏まえ、検討していく予定としている。
最後に同環境並びに技術を提供するGetaround社のCEO(最高経営責任者)のサム・ザイード氏は、「当社の理念は、お客様にどこでもカーシェアをご利用いただけるようにすることにあります。
当社の経験やカーシェア専用の技術を、モビリティサービスに関わるトヨタの取り組みと組み合わせ、トヨタのお客様や日々増え続けるカーシェア利用者に新たなサービスをご提供していきたい」と語っていた。
いずれにしても当初、「クルマをドライビングすることの愉しさ」に言及していたトヨタの豊田章男社長であったが、今日の急速な社会変革の波を前にする時、その考えは必ずしも絶対ではない可能性が大きく漂い始めている。
時代が21世紀を迎えた頃から、「若者のクルマ離れ」という活字がメディアの誌面を踊り、そこに危機感を持ってきた自動車業界であるが、さらに永い目で将来を見据えると、もはや自動車メーカーは、ただただ真摯にクルマを造り・販売しているだけのビジネスを突き進むという道を辿り、未来で勝ち残っていくことに対しては、次第に不透明感が強まりつつあるように思えてならない。
今発表の壇上に於いて先の友山茂樹氏は、車両専用のOS開発をどのように捉え、これからどのように開発していくスタンスなのか等に関する言及もあった。今後、そうした基幹面に於ける選択肢も含め、巨大な世界市場を前に、一企業として限られた資産を「何に注力」して、どれについては「他社との共存」を目指していくのか。
そのトヨタの選択肢は、日本の自動車業界全体の行く末に大きな影を落とすことになるのか、もしくは大躍進の道へと繋げていけるのか。筆者は今日の会見を迎え、心からトヨタの決断に注目していきたい想いである。(坂上 賢治)