印刷できる高速集積回路基板、2次元有機単結晶ナノシート作製で実現へ


東京大学大学院・新領域創成科学研究科の竹谷純一教授らの研究チームは、有機半導体インクによる簡便な印刷手法を介して厚さ15nm以下で大面積という2要素反列の2次元有機単結晶ナノシートの作製に成功した。

近年は、材料開発の進歩によって、実用化の指標となる10 cm2/Vsを超える高い電荷移動度(半導体中の電荷キャリアの動き易さを表すトランジスタのスイッチング性能を示す指標)を示す有機電界効果トランジスタ(有機半導体を活性層として用いたトランジスタ。

電圧をかけると電極から注入された電荷が有機半導体層と絶縁層の界面に蓄積され、電流が流れるようになる仕組み)の報告が増えており、この有機半導体技術は将来に向けて無線タグなどへの応用に技術面並びに経済、産業面でも期待が集まっていた。

しかしながら、有機半導体はシリコンなどの無機半導体に比べて、非常に大きな接触抵抗(電極から半導体に電荷が注入され、チャネルに至るまでの抵抗のこと。

チャネル抵抗と接触抵抗の和がトランジスタの抵抗となる。チャネル長を短くするとチャネル抵抗はそれに比例して小さくなるが、接触抵抗は不変であるため、電荷移動度の低下を招く)を持つ。

このため、短チャネルのトランジスタの電荷移動度が単結晶本来の値よりも大幅に低下しがちだった。従って、応答速度など実用上の使い勝手が制限される課題も残っていた。

しかし今回、開発された数分子層の厚みからなる2次元有機単結晶ナノシートは、電極から電荷輸送層へのスムーズな電荷注入が可能としている。

その達成数値は、13 cm2/Vsの高い電荷移動度に加え、有機電界効果トランジスタとしては最小の47 Ωcmの接触抵抗も示している。

また、短チャネルのデバイス利用を踏まえると世界最高レベルの20 MHzの遮断周波数(トランジスタはスイッチング素子としてだけでなく、増幅器としての機能も持っている。

ゲート電極に入力する交流電圧の周波数を増加させた時に、増幅特性を示す上限の周波数を遮断周波数と呼ぶ)を実現。

さらに無線タグの商用周波数の13.56 MHzを大きく上回る29 MHzで応答可能な整流素子として作製することに成功している。

研究グループで合成した具体的なナノシートは、新規有機半導体材料のC8–DNBDT–NWを有機溶媒に溶かしたインクを用い、簡便な印刷手法によって分子層数が制御された2次元有機単結晶ナノシートを大面積にわたって製膜したもの。

この有機半導体材料は、機械的な柔軟性にも優れており、簡便な印刷プロセスによって低コストで製膜できるという特長からInternet of Things社会を担う次世代電子材料として期待が集まる。

ちなみに従来は、層数制御された有機半導体結晶を得るためには、グラフェンや窒化ホウ素などの層状物質を用いた特殊な基板や、量産プロセスに組み込むことが困難な塗布技術を用いる必要があった。

これに対して今回では、溶液塗布によって大面積にわたって単結晶を製膜する独自の手法を用いて、数分子層に相当する15 nm以下の膜厚のC8–DNBDT–NW単結晶薄膜を作製した。

またこの作製にあたっては、溶媒の蒸発によって有機半導体分子が析出する速度や、基板の移動速度を精緻にコントロールすることで、分子層数が制御された2次元有機単結晶膜を得ることができる。

しかも有機半導体を溶かしたインクを一軸方向に乾燥させるというシンプルなメカニズムを利用していることから、あらゆる基板に適用可能。スケールアップも容易であるため、将来印刷手法を用いた低コストのデバイスを実現する上で基盤技術となることが期待されている。

実際、分子層数の異なる有機単結晶ナノシートを活性層として用いた電界効果トランジスタの電荷移動度および接触抵抗を評価したところ、2分子層有機単結晶トランジスタに於いて13 cm2/Vsの高い移動度と、有機半導体としては世界最小レベルの47 Ωcmの接触抵抗が実現されていることがわ判ったと云う。これはトランジスタの高速化に極めて有望な材料である。

これにより簡便な印刷プロセスで量産することができることから、今後のIoT社会を担う物流管理に用いられる低コストの無線タグや、生体信号をモニターするヘルスケアデバイスなどへの幅広い展開が考えられる。

さらに、電荷伝導層が表面に露出しており外部刺激に対して敏感に応答すると予想されるため、ガスや生体細胞の吸着を高感度で検知するセンサーへ適用することも期待されている。なお同研究成果は、米国科学雑誌「Science Advances」平成30年2月2日版に掲載されている。

最後に同研究実施は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究事業(さきがけ)研究領域「分子技術と新機能創出」(研究総括:加藤 隆史)研究課題「革新的有機半導体分子システムの創出」(研究者:岡本 敏宏 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)の一環として行われた。

掲載の発表雑誌
雑誌名:「Science Advances」(2月2日付オンライン版)
論文タイトル: Wafer-scale, layer-controlled organic single crystals for high-speed circuit operation
著者:Akifumi Yamamura, Shun Watanabe, Mayumi Uno, Masato Mitani, Chikahiko Mitsui, Junto Tsurumi, Nobuaki Isahaya, Yusuke Kanaoka, Toshihiro Okamoto and Jun Takeya